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月夜の海、朔の森

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ウチのミーミ、知りませんか?(ver.2)

何歳(いくつ)の時だったでしょうか・・・。とにかく、スミレがまだ午後の時間を学校ではなく、家で母と過ごしていた頃のことです。スミレの家には、『ミーミ』という名の白い猫がいました。ずいぶん大きな猫でした。
 まだ幼かったスミレは、ミーミをあやすのが下手でした。抱きかかえようとしても、ミーミはスミレの小さな腕の中で大暴れをしたものです。でも、ミーミの方は、甘え上手のなぐさめ上手。スミレが泣いているときは、ペロペロと頬の涙をやさしくなめてやるし、スミレがオモチャに夢中になっているときは、邪魔にならないように、少し離れたところで優雅に毛づくろいをしていたものです。

 ある日、何の前ぶれもなくミーミは家を出ました。何日たっても帰ってきませんでした。スミレは泣きました。でも、頬の涙をなめてくれるミーミはいません。あっちこっち、近所を探しにも行きました。けれど見つかるはずもありません。
 身の周りの者が突然いなくなる・・・。スミレには初めての経験でした。

 ミーミはメス猫で、妊娠に気が付いたスミレの父が、仔猫の生まれるのを面倒がって、遠いところまでミーミを捨てにいったのだということを母から聞かされたのは、もうスミレがかなり大きくなってからのことでした。

 中学二年の、秋も深まるある日曜の午後、半年前に家を出た母がやってきました。正式の離婚をするためです。
 父と話している母の顔を見ないように、するりと横を通り過ぎ、スミレは外に出ました。スミレの名を呼ぶ母の声が聞こえましたが、スミレは返事をしませんでした。

   さあて、どこへ行こうか・・・   
 スミレは元気よく自転車に乗り、友達の家に向かいました。でも、友だちは不在でした。もう三軒、思いつく友人の家を回ってみましたが、みんな留守でした。
   誰もいないなんて、こんなこともあるんだなあ・・・   

 スミレは、ぼんやりと小学校の校庭に自転車を止めました。
 不思議に、寂しい気持ちはありませんでした。いいえ、それどころか、スミレの心の中には、感情というものが何一つ見当たらなかったのです。
 スミレは、ウサギの小屋の前に腰をおろしました。白いウサギが、身動きひとつせずスミレの方を見ていました。スミレはその時、感情の消えた心の中で、ウサギに問いかけていたのです。

 「ウチのミーミ、知りませんか?白くて、かわいくて、とってもかしこい猫だったんです。」

 なぜその時、不意にミーミのことを思い出したのか、スミレにもわかりません。ただ、ミーミのことばかりが、スミレの頭の中で揺れていたのです。
 その時、スミレの目に映すことができたものは、すぐ前でうずくまっている白いウサギと、小屋の上に広がる青い空。そういえば、スミレがその日、感じることができたのは、淡い晩秋の午後の日射しと、少し冷たい風だけでした。
 そして、スミレはやっぱりウサギに問いかけ続けていたのです。
「ウチのミーミ、知りませんか?」

   キミはさ、人間劇にうんざりしてるんだよ。   

不意に声が聞こえて、スミレはハタと我にかえりました。
周りを見回しても誰もいません。

   
つまりさ、お母さんだとか、お父さんだとか・・・ま、家族ってやつのさ
   愛と憎悪のシガラミとかってやつに振り回されてる人間の劇場?・・・そういうのに
   飽き飽きしてるのさ。

どうやら、スミレに話しかけているのは、目の前でうずくまっているウサギのようです。

   キミが僕に問いかけたんじゃないか・・・

ウサギが少し笑ったように見えました。
スミレは首を傾げました。
「私、ウサギさんに何か言ったかしら?」

   
何度も言ったよ。ウチのミーミ、知りませんか?ってさ。

そうでした。
スミレは何度も何度もその言葉を繰り返しウサギに問いかけていたのでした。

「まさか、ウサギさん、あなた知ってるの?」
   ああ、知ってると言えなくもない。
   奇遇と言えば奇遇なんだがな、僕の名前もミーミなのさ。
   それでついね、キミの問いかけに応えたくなっちゃったわけだ。

「え?!・・・ウサギさんの名前もミーミなの?」
   ああ、耳が長いからね、そんな名前で呼ばれてるよ。

「で、ウチのミーミを知ってるの?」
   いや、知らない。

「さっき、知ってるって言わなかった?」
   知ってると言えなくもないって言ったんだ。

そこでウサギは、ちょっと斜め上に首を上げて、しばらくもの思いにふけるような顔つきをしました。
   あのさ、キミの思い出の中にいるミーミがキミのミーミだ。
   つまり、キミのミーミはキミの中にいる。
   キミが忘れたとしても、ずっとミーミはそこにいる。
   何度生まれ変わっても、もう一度キミに会うために
   ミーミはずっとキミの中にいて、ミーミであり続けるんだ。
   だから、いつかきっとまた会えるはずだ。

スミレは、ほんの一瞬嬉しい気持ちがしたのですが、なんだか腑に落ちないものがありました。

「じゃあ、私が・・・私が死んだら、私の中のミーミもいなくなっちゃうんじゃ?・・・」
   違うよ。ミーミの中にもキミがいるんだよ。
   だから、キミが何度生まれ変わっても
   キミのことをミーミが保存してくれてるはずさ。

「よくわからない・・・。」
   そんなものさ。

「そんなものなの?」
   そうさ。
   人間劇場の役柄を自分だと思いこみさえしなければね。

スミレには、なんとなくわかった気がしました。
言葉で説明はできないけれど、ウサギの口元が微かに笑ったように見えて
それが静かにスミレの心をやわらかくしたのです。
そして、そのやわらかくなった心で、わからないと思ったことも受け止めることができたのです。

一陣の風が吹いて、プラタナスの葉が舞いました。
スミレはしばらく、風に舞う葉っぱを見ていました。
日曜日というのに、小学校の校庭には誰もいません。いえ、日曜日だからこそでしょうか。
校庭の隅のウサギ小屋の前で、スミレはどれだけ長く座っていたことでしょう。
ウサギはもう何も言いませんでした。
さっきまで饒舌にしゃべっていたウサギは、すべてスミレの幻想に過ぎなかったのでしょうか。
それでも、ウサギの語った内容に、スミレは一縷の真実を見た気がしたのです。
現実の方が虚構(ウソ)かもしれない・・・そんな風にも思えたのです。

黙ってうずくまるウサギにスミレは小さな声で「さようなら」といいました。
そしてスミレは立ち上がり、大きく伸びをしました。
夕暮れの冷たい空気が胸いっぱいに入ってきました。
家に帰ることを考えると気が滅入りましたが、他に行くところもありません。

人間劇、か・・・
仕方ない。帰ろう。

スミレは自転車にまたがって小学校の裏門を出ました。
買い物客でにぎわう商店街を抜け、狭い路地を抜け
家の門の前に立ったときは、もう日がだいぶ傾いていました。

そんなに高くないはずの門が、西日を受けてそそり立ち
まるでスミレにのしかかるようでした。
実際、スミレはその門の影に飲み込まれていることに自分でもはっきり気づいていましたが
玄関を開けるとき
   
現実は虚構。人間劇場。   
と、心の中で唱えるように呟いてから
気を引き締めてこう言ったのでした。
「ただいま。」







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カラスが怖い

以下は、実話を元にして書いた小説です。

名前はもちろん、シチュエーションも変えてあります。

「カラスが怖い」と言って病院のベッドにもぐりこんで泣き続けた男の子と
困り果てた様子の父親と、なにかもの思わしげな母親と・・・。
偶然そこに居合わせてしまった「私」。

実話をそのまま書いた方がストレートに伝わる気もしましたが
そういうわけにもいかないので、かなりアレンジしています。

ちょっぴり長めのお話になりますが
お時間のあるときに、どうぞ。


(2013年5月に書いたものですが

ホームページにも小説の項『空を仰げば』のタイトルで掲載しています。)



 もう十年以上も前の事、当時働いていた職場の階段から落ちて、私は左足首を骨折したことがある。
 その日は雨で、いつもなら空いているはずの職場の駐車場は満車だった。少し離れた第2駐車場へと車をまわし、普段使わない階段をうつむき加減で昇っていた時のことだ。廊下も階段の手すりもひんやりと湿っていて、滑りやすくなっていることに気づいてはいたのだが、 雨音が激しくて、上から駆け降りてくる足音が私の耳には全く聞こえず、その駆け下りてきていた男性とぶつかってしまったのだ。あーっと言う間もなく、私は階段を転げ落ちた。相手は、同じ職場の若い小柄な男性だった。
「大丈夫ですか?!」
その男性、今井君が慌てて声をかけてくれた。
「大丈夫、大丈夫。」
元気良く応えたものの、左足に激痛が走っていた。今井君は、丸くなったまま動けない私を助け起こして、医務室まで連れていってくれた。
 私は当時、障害者施設の指導介助員として働いていて、その職場には、結構充実した医務室があった。看護師が、事情を聞いてテキパキと私の左足首の処置をしてくれた。他に怪我はなく、頭を打っていないのが幸いだった。
「とりあえず応急処置はしておいたけど、骨折してそうだから、今からすぐに外科に行った方がいいわよ。電話をしておくから、今日の仕事の段取りだけつけて行ってきなさいね。」
「あ、僕の車に乗ってください。」
今井君がすかざず言ったが、私はそれをありがたく辞退した。今日の仕事に、二人も穴を開けるわけにはいかない。右足はなんともないから、車の運転はできる。
 
 うんざりするほどの雨だった。病院での診察結果は『右足首、剥離骨折』。手術、入院の必要はないが、膝まで白いギブスを巻いて、松葉杖の貸出を受けた。仕事柄、しばらく休まざるを得ない。介助員は、自分が介助されながらできる仕事ではない。
 仕方ない・・・。思わぬ拾った休暇だと自分に言い聞かせて、のんびりすることにしよう。みんなには迷惑かけちゃうな・・・。病院から職場に戻るまでの短い時間、ギブスで膨らんだ左足に目をやりながら、そんなことをあれこれと考えていた。
 
 結局、私は2ヶ月も仕事を休むことになってしまった。ぶつかった今井君は、ずいぶん責任を感じたらしく、何度も謝ってくれたが、悪いのは私の方なのだ。施設内では、歩行は右側と決められている。廊下でも階段でも、施設の利用者がスムーズに移動できるよう、そうしているのだ。不注意にも階段の左側を、しかもぼんやりとうつむいて昇っていた私の方に責任がある。周囲に迷惑をかけてしまった事を心苦しく感じていたが、すぐに補充のアルバイト職員が見つかったと聞いてほっとした。
 しかし・・・だ。これから話そうとしている事は、その事とは何の関わりもない。私は一人の女性について語りたいと思っている。彼女のことを思い出す時、なぜかその怪我のことを思い出し、激しく降る雨の音を思い出してしまう・・・。いや、順序が逆だ。
 今日のような激しい雨の音を聞いていると、怪我のことを思い出し、それがまるで次の話への通路になっているかのように、ある女性のことが思い出されるのだ。
 
   *:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆*:..。o○☆゚・:
 
 彼女の名前は園田さなぎさんといった。年齢は30歳前後、スラリとした長身で、長い髪を無造作に後ろに束ねている。地味な服装、ペタ靴で、どこか、目立つことをかたくなに拒否するような雰囲気があった。
 彼女・・・さなぎさんと出会ったのは、私の左足からギブスが取れて、リハビリを始めた頃だった。ほぼ毎日のように、リハビリのために病院通いをしていた時のことだ。さなぎさんは、右手の親指の付け根あたりの筋を痛めたとかで、リハビリ室に来ていた。最初に声をかけたのは私の方からだった。たまたま二人並んで、ブクブクと泡の出るお湯にそれぞれの患部を浸けて温めている時、ふと目があった。
「こんにちは。」
私は笑いかけてみた。彼女はにっこりと会釈を返し、この時から少しずつ私たちは言葉を交わすようになった。
 さなぎさんには、年下で子煩悩の優しい夫と、小学4年生の一人息子、タカシ君がいるらしい。私は独身で、きままな一人暮らしだったが、さなぎさんを見ていると、結婚して家庭を持つのもいいかもしれないと、ふと思うくらいに、彼女の口からは家庭への不満は出てこなかった。しかし、どことなく不安定な雰囲気は、感じられた。
 その内、病院帰りにお茶をするようになってから分かったことだが、さなぎさんは、自称プチ欝で、診療内科にも通っているということだった。夫にも子供にも特に不満はない・・・理由の分からない欝状態なのだと言った。
 ある日、いつものように病院の待合室のソファに座っているさなぎさんを見かけた。声をかけようとした時、彼女の横に男の子が座っているのに気が付いた。きっとさなぎさんの息子に違いない。
「こんにちは。今日はどうしたの?タカシ君、怪我でもしたの?」
私は二人に近づいて男の子を見てそう言った。男の子はびっくりしたように私の顔を見上げて、さなぎさんにぴったり寄り添った。
「あら、こんにちは。タカシね、今日学校に行かないって言って、休んじゃったのよ。家で留守番させるのもちょっと不安だったから連れてきちゃった。」
「そっかぁ。タカシ君、今日は学校に行きたくないんだ。どこか具合でも悪いのかな?」
私のその問いかけに、タカシ君は意外な返事をした。
「カラスが怖い・・・」
「えっ???カラスが怖いの?」
タカシ君はそのままうつ向き、さなぎさんは困ったような顔でタカシ君の肩をそっと抱いて、私を見た。
 
 「あのね、タカシが言うにはね。昨日、学校からの帰り道に、カラスの死骸を見つけたんだって。」
 タカシ君が体をピクンと震わせたのが分かった。さなぎさんの話はこうだった。

 友達三人で下校中、タカシ君が道端で死んでいるカラスを見つける。一緒にいた友達二人は、面白がって棒でつついたり、足で蹴ったりしたが、何をされてもされるがままになっているカラスを見ていると、タカシ君は不意に怖くなり、駆け出してその場から逃げた。後ろから「何だよ!タカシ、怖いのかよ!」と、友達の声が聞こえたが、タカシ君は振り返りもせずに家まで走った・・・ということだった。

 考えてみれば、私はカラスの死骸を見たことがない。カラスどころか、雀も鳩も・・・その他しょっちゅう鳴き声を耳にする小鳥たちでさえ、死んでいるところを日常の場面で目にしたことがない。自動車にはねられて道路に無残にも張り付いている小動物たちなら、よく見かけるが、それらを直視してしまった時の心苦しさを思い浮かべて、私はため息をついた。自然は、人間から死というものをうまく隠しているのかもしれない。人間たちもまた、自分たちの死を、日常から遠ざける努力を懸命にしているように思える。誰もがいつかは必ず直面するはずの自らの死を、少しでも先に引き伸ばそうとでもするかのように。

 その時、私は何故だか自分が無音の場所にいることに気がついた。まるで大きな水晶玉を覗き込む魔女のように、私は異質な空間を音の無い場所から覗いているのだった。

   白い車が海岸道路を走っている。
   やがて車は誰もいない小さな駐車場に停まり、中からさなぎさんが出てくる。
   助手席が開いて、出てきたのは三歳くらいの男の子。
   黒いTシャツに半ズボン。
   夏の終わりか、秋口の夕暮れ。
   二人は手をつないで岩場に降りていく。
   濃い色の海、遠くで大きな波がうねっているのが見える。   
 
 「どうかした?」
さなぎさんの声でふと私は我に帰った。
「ごめんなさい。なんだか、変な光景が見えたの。」
私は、つい今しがた自分の脳内に映った情景を彼女に話した。
 彼女の顔は、一瞬にして上品な白い陶磁器のようにツルリとなった。そして、次第にその陶磁器にヒビが入るように、表情が崩れていった。さなぎさんの体から力が抜けていくのが分かった。タカシ君は、そんな彼女に強く寄りかかった。まるでしがみつくようなしぐさで。
 何があったというのだろう。私にはさっぱり分からなかったが、私の見たビジョンが、なにかしら彼女に与えた影響が、決して小さくはなかったということだけは確かなようだった。私は激しく後悔した。あんなことを話すんじゃなかった。何がどうなったのか訳が分からないまま、私は後悔の渦に巻き込まれ始めていた。

 「園田さーん、園田さなぎさーん。」
受付の女性の声がした。診察の順番がきたのだ。
 さなぎさんは普段の顔に戻って、私に言った。
「今日のお昼、いつものところでランチしない?タカシも一緒だけど・・・」
もちろん、構わない。私だって、このまま話が終わるのには耐えられそうになかった。
「じゃあ、後で。」
彼女はすっくと立ち上がり、タカシ君を連れて診察室に入っていった。
 



 お昼時だというのに店内は空いていた。強風と激しい雨のせいかもしれない。そう、この日もどしゃぶりの雨だったのだ。いつもは乾いた音を立てる木の床が、靴裏の水に濡れて湿った音を立てた。
「ごめんなさい。こんな雨の中・・・。」
「全然かまわないわ。」

 本当に全然構わなかった。それより、さなぎさんの話が聞きたかった。後悔の波が私を飲み込む寸前まできていたのだから。
「お願いがあるの。・・・私の話を最後まで黙って聞いてほしいの。」
「わかった。」
 私とさなぎさんは『本日のおすすめランチ』を、タカシ君はオムライスとオレンジジュースを注文し、私はさなぎさんの話を待った。
 「・・・私、離婚しようと思うの。」
「何?それ、どういうこと?家庭には全く不満はないって言ってたじゃない!」
「黙って聞いて。」
彼女は私の質問を、優しい声でさえぎった。

 「さっき、病院であなたが見たっていう光景。あれで思い出したのよ。私、一度本気で死のうと思ったことがあるの。この子が三歳の時に。理由は・・・ごめんなさい、今は言えない。」
私はチラリとタカシ君の方に視線をやった。こんな話を子供に聞かせていいのだろうか。小学4年生といえば、もう大人の会話がわかる年頃だ。
「タカシにも、私が冷静な状態の時にこの話を聞いてもらいたいの。」
彼女は話を続けた。

「あの日、海に身を投げようと思って、タカシを連れて車に乗ったの。白い車、タカシの黒いTシャツに半ズボン。夏が終わったばかりの寂しい夕暮れの海。あなたが見た光景そのものよ。この話は誰にも言ったことがないのに何故あなたが知っているのか、さっきはとても不思議だった。理由はわからないけれど、あなたには、この話をもっとちゃんと聞いてもらいたい・・・そう思ったの。」
 彼女はそこで一息ついて、また話を続けた。
「あの日、何も知らないで無邪気に私の手をとるタカシと、並んで海岸に降りた。磯から眺める海は、それはそれは美しくて、タカシが楽しそうに遊ぶ姿を、この目に焼き付けるように見ていた。そうしたら涙が溢れてきて、泣くことさえ忘れていたこの数年間を取り戻すくらい泣いて・・・。泣くだけ泣いたら、風景がセピア色に変わっていた。夕闇が迫ってたからじゃないの。私は、死ぬ代わりに私を捨てたのよ。この子のためだけに生きようって。夫や夫の両親・・・いえ、私の周りのすべての人と円滑につきあうことを、自分に課したの。そうすれば、私はこの子を道連れに死ぬこともないし、この子を残して死ぬ必要もない。何故そこまで思いつめたのかは、聞かないでね。それだけは言えない。あまりにもプライベート過ぎることだから。とにかく私は、何ごともなかったかのようにタカシと家に戻ったの。」

 料理が運ばれてきた。驚いたことに、タカシ君は落ち着いた様子で母親の隣の椅子に座っている。ついさっき病院で見せた不安そうな表情はすっかり消えて、水滴がついたグラスを両手で包むようにして水を飲んでいる。
「さあ、タカシ、食べようか。ここのオムライス、きっと美味しいよ。」
さなぎさんは私にも食事を促してから自分も割り箸を割った。
「もう少し話は続くの。聞いてくれる?」
私は黙って頷いた。

 「私はその日以来、ずっとセピア色の世界で生きてきたの。これ、比喩じゃなくて、本当にそう見えたのよ。眼科を受診したけど、原因はわからず、どこをどう検査しても異常は認められなくてね。ただ、私の主観だけが色を失ったというわけ。これは精神科の領域だと言われたわ。」
ふふっとさなぎさんは笑った。彼女は話が進むにつれてだんだん明るくなってきているようだった。
「色だけじゃない。味もそう。違いはわかるのだけど、美味しいとか不味いとかがないの。音楽も絵画も、聞こえているし、見えているけど、感動はしない。自分と相手やモノとの関係が失われている・・・そんな感じかな。当然ね、私はあの時自分を捨てたんだから。おかげで、平和でトラブルの全くない生活を今日まで送ってこれた。でもね、私の中の、捨てたと思っていた私は、消えて無くなったわけではなかった。小さくなって、かたく蓋をされて、見えなくなっていたけれど、まだ私の奥深くでじっと、それ以上損なわれるのを拒みながら息を殺していたんだわ。さっきね、病院であなたに言われてからほんの数秒で、私の中の何かが目を覚ましたのよ。一瞬で不連続だった回路が連鎖的につながったと言ってもいいくらい。気が付くと、色が戻っていた。赤も青も黄色も、どれもこれもが輝いて見えた。もうその時、結論は出ていたの。離婚するって。」
私は固唾を呑んで彼女の話に聞き入っていた。食事は喉を通らなかった。
「ねえ、食べて。とっても美味しいわよ。」
ふふっと彼女はまた笑った。私の知っているさなぎさんとは別人のようだった。それにしても・・・と私は考えた。
「もう、質問してもいいかな?」
「ええ、ごめんなさい。話はだいたいおしまい。聞いてくれてありがとう。」
「それにしても、離婚っていうのは、まだ結論が早すぎない?ちゃんとご主人と話し合ってさ・・・」
「もちろん、そうするわ。でも、結果がそうなることは分かっているの。大丈夫。夫にとっても、その方が都合がいいはずだから。」
 知りたいことはまだあったが、それは、さなぎさんに対して尋ねるべきことではなかった。何故カラスが怖いという話から、海の光景が私に見えたのか、そしてその疑問を誰に尋ねればいいのか、私にはわからなかった。しかし、なんとなく・・・なんとなくではあるが、これで良かったのだという気がした。私の一言が、彼女を離婚への決意という大変な事柄に導いてしまったことには、少なからず困惑はしたが、彼女のすっかり見違えるほど明るくなった様子と、タカシ君の落ち着きぶりを見ていたら、先ほどの後悔の波は消えていた。
 雨音はまだ強く、窓ガラスに叩きつけるような雨が降り続いていたが、店内はまるで明るく灯された火で守られているかのように、優しい時間に包まれていた。
 


 その翌日から、さなぎさんは病院に現れることはなかった。以来私は彼女に会っていない。あの日ランチを食べた後、なんとはなく、彼女にもう会えないような気がして、テーブルナフキンに自分の住所と電話番号を書いて渡しておいた。落ち着いたら連絡がほしいと。携帯の番号やメールアドレスの交換は、彼女の方から断ってきた。離婚が成立するまで一人で頑張ってみたい、電話やメールをすると、頼ってしまいたくなりそうだから・・・と。
 半年後に彼女から手紙が届いた時は、心底ほっとした。山梨の実家に帰り、今はタカシ君ともども元気で暮らしているという内容だった。私に対するお礼の言葉が、細やかな心配りで記されていた。本音を言うと、私の心の片隅に、本当にあれで良かったのだろうか・・・という疑念が払拭しきれていなかったのだ。封筒の差出人の名前が園田さなぎではなく、川岸さなぎであることが、私に不思議な安定感を与えてくれた。そう、こちらの方が、あの最後に見た元気で明るいさなぎさんにピッタリに思えたからだ。
 あれから16年が過ぎた。あの日、カラスが怖いと言ってうつむいていた少年は、どんな青年になっているのだろう。今夜も、あの日と同じように激しい雨が降っている。さなぎさんも、この雨の音を聞いているだろうか。いや、どこでもここと同じように雨が降っているわけじゃない。時に同じ雨にうたれながらも、誰もがそれぞれの人生を歩むのだ。
 
 私は相変わらず独身のきままな生活を送り、それなりに自分の人生を懸命に、そして楽しく生きている。幸か不幸か、守るべき対象・・・つまり子供とか家庭とかには巡り会っていないが、それはそれで良しとしよう。
 今思えば、さなぎさんはタカシ君を守りたい一心で自分を犠牲にしたのだろうが、タカシ君にしてみれば、自分のせいで母親が苦しんでいるように思えたかもしれない。真に守られていたのは、さなぎさんの方ではなかったか。母親に自由になってもらいたくて、タカシ君は小さな胸を痛めていたに違いない。蹴られても、つつかれても、なされるがままのカラスの死骸に、タカシ君は母親の哀しい心の姿を見たのかもしれない。私にあの不思議な幻影を見せたのが、一体何者の仕業であったのかは知る由もないが、タカシ君の心の叫びを聞き入れた神のような存在がいたのかもしれないし、さなぎさん自身の深い心の作用だったかもしれない。

 雨音が、心なしか静かになった。この分だと、明日の朝までにはやみそうだ。今夜いっぱい、降るだけ降ればいい。明日はきっと晴れるだろう。
 明日になったら、雨上がりの朝の空気を胸いっぱい吸ってみよう。空を仰げば、そこにはきっと、私とさなぎさんを隔てなくつなぐ何か・・・天使のような存在が、数え切れないほどたくさんの梯子を・・・人と人とをつなぐ梯子を架けている姿が、見えるような気がした。

 

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ウグイスからの伝言・・・後半

蔓を刈る
 
 時間というものを、君は一方的に流れるものだと考えているだろう。過去から未来へと流れる時間の中の時代であり、人生であると。時間をそう捉えた時には、過去の時代に生きた君と今の時代に生きる君、そして千年後の君は、別の人間で、肉体も人格も違うから、それを生まれ変わりと思ってしまうんだ。でも、そうじゃない。君はいつでも君だし、今はいつでも過去の全てを含み持っているんだ。
 つまりね、千年後の君にとっての今の君は、千年後の君自身でもあるということだよ。僕が今君に話しかけていることは、全て千年後の君に話しかけているということにもなるんだ。

 君は今の人生を懸命に生きていく。大した花は咲かないだろうし、多くの人からチヤホヤされることもないだろう。苦しいこともいっぱいあるさ。今日のように、むりやり梅の木と引き剥がされる哀しみを味わうこともある。
 だけどね、これだけは忘れないで欲しい。必ず君のそばに僕がいるということをね。それさえ忘れなければ、君は自分を見失うことはない。

 さっき、藤の話をしたね。藤の娘はあでやかな藤の花。君という木に絡みつき、成長を曲げる。だけどね、その藤の娘が、直接君を損なわせるわけじゃないんだ。
 君の中には二人の自分がいて、片方は「これが私」と生きようとする。もう片方は、「これがお前だ」と、他人や社会からの評価、枠組みで君を規定しようとする。その二つとも、確かに君ではあるんだが、君が君自身を生きているという実感は、前者の方にしかない。
 前者の自分に巻付き、縛り付け、成長を妨げる藤の蔓(つる)は、実は後者の自分、影の方の自分なんだ。君の藤は、決して花を咲かせない。おまけに薔薇のようなトゲさえついている。そうして君は君自身を傷つけ始めようとしている。君という木の成長のために、影の蔓も必要ではあるけれど、影を自分だと思ってしまい、主体を影に引き渡してしまったら、もう君に進化は望めない。

 いつかその蔓(つる)を全て刈り取らねばならない時が来る。それは、蔓(つる)に隠れて見えなかった君という木が、順調に成長した時だ。そして、時代も成熟期を迎えた時だ。
 千年後、僕は必ず君に合図を送るよ。今日、君に会いに来たのは、その時の合図を教えるためだ。
 そしてもう一つ、蔓(つる)の刈り取りが終わった後に、君が行うべき事柄の合言葉を知らせておくよ。その合言葉が聞こえたら、ゴーサインだ。君が君自身を現していくスタートのサインだからね。
 それまでは、怒りも悔しさも、どこにもやり場はない。合言葉を聞いたら、それまで溜め込んだ怒りや悔しさを、一気にひっくり返して、外に現してくれ。大丈夫さ。その時は既に怒りも悔しさも裏返っているから、今君が想像するような爆発は起こらない。
 
 さて、合図だね。これについては、天竺よりさらに西のかなた、エジプトの神話について話さなければならない。



時の神トート


 天竺よりさらに西方にある、エジプトという国に、トートという神がいると伝えられている。トートは「月の神」であり、「時の神」であり、「言葉の神」でもある。また、「神々の書記官」として真実を記すとも言われているんだ。
 ふふっ、僕はトートによって、ここに遣わされた・・・と言うこともできる。ごめんよ、分かりにくい言い方をしてしまったね。
 トートは、トキという鳥の姿で表されることもある。神話というものは真実が語られ、伝えられているものなんだ。ただし、世界が成熟しきった時代の終わりが到来するまでは、ずいぶんと歪められる事になるんだけどね。君が知っている日本の神話も、いつか君自身が調べて読み解いてみるといいよ。面白い事実が見えてくるはずだ。今日は、そのヒントになることを、少し話しておこうと思う。
 
 トートは「時の神」だ。時は君たちが知っている時間じゃないよ。時間を越えたところにある、真実の時間なのさ。
 君は、過去から未来へと時間が流れているように感じているだろう。それは、さっきも言ったけど、間違ったイメージ、錯覚なんだ。そんな時間の感覚が定着していくと、人間は本当に『時』を忘れていく。千年後には、「時は金なり」なんて言われる時代が来るんだよ。時間の切り売り、何時間働いたらいくら儲かるか・・・ってね。そんなものが本当の『時』のはずがないじゃないか。
 人間はみんな、そんな時間の中にはまりこんで抜け出せなくなっていくのさ。だから、今の自分の中に、過去の全ての自分が含まれている事に気付けなくなってしまう。
 僕はね、そんな偽りの時間を抜け出して、真実の時間から君に会いに来ているんだ。
 トートはまた、「言葉の神」であり、「真実を記す書記官」でもある。エジプト神話ではアヌビスという神もいてね。アヌビス神は、死者の魂を天秤にかけて、その人が生きている間に、何をしたか、何を言ったかを、真実の羽根と照らし合わせて計量するって話になっている。
 これの意味するところはね、善行とか悪行とかじゃなくてね、どれだけ自分自身に嘘をつかずに生きたかって事なんだよ。他人にじゃないよ、自分にさ。
 さっき話した、二人の自分の内、どちらが主体かってことだ。誰でも両方の自分を持っているけど、どちらを本当の自分だと捉えるのかっていう意味さ。「これが私だ」と思う方の自分を大切にするか、「これがお前だ」と思われる方の自分を大切にするか・・・だ。
 その二人の自分の間で揺れ動く主体が、わずかでも影の方に傾いていたら、もう冥界には入れない。冥界っていうのは、真実の時間のある場所だよ。アヌビス神はその傾きを量るのさ。そしてトートがその記録をとる。冥界の入口にはオシリス神が立っていてね、全ての時代が終了する時、オシリスはその門を閉じる。つまり、最後の審判終了ってわけだ。
 なに、心配することはない。何も、救われる人と救われない人に分かれるわけじゃないから。影の方の自分が永遠に消えるだけだ。主体が影に偏っている場合に、自分が消えちゃうような気がするってことさ。
 


再開の合図

 さて、僕はここで君に合図について話しておかなくちゃいけない。千年後の君が間違わずにその合図を受け取れるようにね。まず最初は、君という木に絡みついた蔓(つる)を刈り取る作業を開始する合図だ。
 日本神話にある「猿田彦」と「うずめ」の像が後ろを向いたら、作業開始だからね。そして、オシリスの像が後ろを向き始める前に、作業を終えてしまわなければならない。なぜなら、オシリスの回転は冥界の入口が閉まる合図だから。まるで暗号だね。でも、その時が来たら、君にもきっとわかるさ。
 その頃、トート神も一つのサインを出すよ。トートは「月の神」でもあるって言っただろ。月が、ひときわ大きく輝くんだ。全ての人に、自分を正しく見るための鏡を提供するようなものかな。千年後の時代では「スーパームーン」なんて呼ばれ方をする。満月の中でもとりわけ大きく強く輝く満月なのさ。
 
 そしてもう一つ、大事な合図を伝えなくちゃ。君は蔓(つる)を刈り取った後、その根っこを掘り当てて、抜いてしまわなければいけないんだけど、これがなかなか見つからないものなんだ。その根っこが埋まっている場所を示す暗号・・・それはね、『梅』と『木』と『鴬』だよ。
 わかったかい?『ウメ』『キ』『ウグイス』だ。この言葉の見える場所に、必ず根っこがある。トートが、いつもより強い輝きで、その言葉のありかを指し示してくれる。月の光を月影と言うだろう。くっくっく。
 ああ、この笑い方、やっと思い出してくれたかい?そうさ、僕は僕だよ。千年後の君と一緒に、蔓(つる)を刈り取ったあの僕さ。




別離の合図


 君は、僕のこんな話の全てを、今信じようとしなくてもいい。ただ確かめていけばいいんだ。分かる時には分かる。分かったような分からないようなっていうのは、分かってないんだよ。本当に分かった時は、笑みがこぼれたり、涙があふれたりする。分かるというのは、感情をも動かすのさ。理屈を理解しただけじゃ、心は動かない。

 君は今、千年後という、まだ起きていない未来の出来事の記憶を思い出しているところだ。僕の存在だけは、もう信じられるだろう。そして懐かしく感じているだろう。
 千年後、と言ってもピッタリ千年というわけじゃないが、君が蔓(つる)の刈り取りを終える頃、あの合言葉に反応して君の前に現れる者がいる。それが藤の娘の千年後の姿だ。彼女にとって君は、恐ろしい形相の鬼か悪魔のように見えることだろう。だけどね、それは君が彼女の鏡になっているだけなんだ。役割の交代みたいなもんかな。
 今の君にとって、彼女は藤の蔓(つる)に見えるだろう。それも、彼女が君の鏡となってくれて、君の中の蔓(つる)を映し出しているだけなのさ。恨む筋合いも、恨まれる筋合いもない。なぜって、彼女はかつての君であり、君は未来の彼女なんだから。彼女だけじゃないよ。君の前に現れる全ての人に同じことが言えるのさ。過去と未来は、ねじれながらつながっているのさ。

 千年後の君にはもう分かっているはずだ。彼女が映し出してくれるところに、君の蔓(つる)の根っこ・・・影の君の本体がある。そいつを切り離すんだよ。
 いいかい?目の前にいる彼女ではなく、君の心の中にある、君自身の影の本体を切り離すんだ。そして、永遠の別れを告げる。
 そうすれば君は、もう一人の自分をはっきりと自覚できるようになるだろう。もう一人の自分の目で、その世界を見るんだよ。きっとそこには、懐かしい顔ぶれが揃っているはずだ。かつて、日が暮れるまで遊んだ幼なじみや、夜通し語り明かした朋友や、笑い合い、励まし合った仲間たちの姿が、君の世界に満ち溢れる。
 どうだい?楽しみになってきたかい?
 
 さて、そろそろ仕上げといくか。君は、あの三つの合言葉を自分で埋め込まなくちゃいけない。この歴史の中に、千年後の君が見つけられるようにね。
 万葉の昔、有間皇子が、自分にかけられた封印を解くために行なったのと同じ方法だ・・・と言えば、もう分かるかな?   歌を詠んで木に結ぶ・・・そうだよ。

《磐代の 浜松が枝を引き結び 真幸くあらば また還り見む》

 有間皇子がそうしたように、君はあの梅の木に、君の思いを、千年の後まで繋ぐ言葉で歌に詠み、枝に結ぶんだ。帝にイヤミを言ってると人には思われるかもしれない。だけど、そんなの気にすることはない。誰にもその真意が伝わらなくたって、必ずいつか、君自身がその真意を読み取る日が来るんだから。
 さあ、筆を執るんだよ。もうすぐ梅の木が完全に掘り起こされる。・・・大丈夫さ。僕はいつでも君の内部にいる。
 千年後に、また会おう。
 
 
終 章

 不思議な少年、ウグイスの精は、風が吹き抜けるように姿を消した。部屋の空気が、急に心なしか重く感じられ、現実味を色濃くし始めている。
 娘は筆を手にした。

  勅なれば いともかしこし うぐいすの 宿はと問はば いかが答へむ

 娘は、それだけ書くと、手紙を丁寧に折り、今まさに抜き取られ、運び出されようとしている梅の木に向かって駆け出した。
「あの、もし。」
何事かと振り向いた男・・・帝の使いの男であったが、娘が深々と頭を下げて手紙を差し出しているのを見た。
「あの、これを、この手紙を梅の木に結んで、内裏にお持ちくだされ。」
 少々不審に思いながらも、男は娘から手紙を受け取り、枝に結んだ。この男が、後に『大鏡』の中に、この時のエピソードを記すことになる夏山繁樹であった。 
 帝は、想像以上の梅の木を手に入れたことで、たいそう喜び、繁樹に衣などの褒美を授けたが、なんとも言い難い心残りがあったと言う。それは、梅の木の枝に結ばれていた手紙の事であった。
 気になった帝は、その梅の木を愛でていたという娘の素性を調べさせたところ、紀貫之の娘であることがわかった・・・という話である。
 
終わり



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