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月夜の海、朔の森

知足のつくばいと「5」のシステム

京都、龍安寺に
「知足の蹲踞(つくばい)」と呼ばれる
有名な手水鉢があります。


龍安寺のつくばい
 ↓
知足の蹲踞(つくばい)

(画像はhttp://www.brake-kaijo.com/index.php?QBlog-20130721-1&mode=category&catname=%E2%96%A0%E8%87%AA%E5%88%86%E3%81%AB%EF%BC%AF%EF%BC%AB%E3%82%92%E5%87%BA%E3%81%99%E6%96%B9%E6%B3%95から)

(茶室前に置かれているものは模造品だそうです。
本物は秘蔵の茶室にあり、一般公開はされていないということです。)


画像を見れば一目瞭然、四方の四つの文字
「五」「隹」「疋(の上一角を取る)」「矢」を
真ん中の四角を口に見立てて、上から時計回りに読むと
「吾 唯 足 知」となり
「われ ただ たるを しる」と読めます。

うまく作ってるなあと、誰もが感心するところですが
徳川光圀(水戸黄門)の寄進だそうです。
「やはり・・・」とか「さすがは・・・」の感がありますね。


私は最初にこれを見たとき、「うまく作ってるなあ」という感想以上に
「ペンターブシステムみたい・・・」という印象を持ったのでした。
ただ、形の上だけの話ですが。

「五」で始まるところもなかなか心憎い感じで(笑)。
曼荼羅をも彷彿とさせるところがあるような・・・。

これは一見、漢語のようですが、読みの順はれっきとした日本語です。
漢語だと「知足」の順になり、「足知」とはなりませんから。
(この手水鉢の名前は「知足のつくばい」なので漢語読みを採用していますが)



さて、最初の印象「ペンターブシステム」っぽいなあと感じたのは
その形だったのですが、じっと見つめている内に色々と思うところが出てきました。

・5番目の文字(口)が、文字としては記されていない
・見えている4文字だけでは、まとまった意味を成さない
・一見4文字しか見えないが、5文字目があるということが最初の「五」で暗示されている
・5文字目に気づいても、それぞれの5つの文字が単独で持つ意味には何の脈絡もない
・5番目の文字が他の4つの文字それぞれを組み込み、全く別の4種類の文字に変化させる
・変化を遂げた4文字は、一つのまとまった(脈絡のある)一文を形成する

5番目の文字「口」は、他の4文字とは位相が違うのですね。
新たな「1」(一文という、文字より大きなシステムになる)を作るのに必須の1文字です。

ホント、うまいこと作っています!

「吾唯足るを知る」という言葉は、禅の格言とも言われていますが
こと、このつくばいに関して言えば
単に、「贅沢言わず、今あることが十分だと知れば、不満は消える」みたいな
清貧を勧める「戒め」ととってしまうのは、あまりにもったいない気がします。




ついでの話ですが
龍安寺は、枯山水の庭園としても有名な臨済宗の寺院です。
(確か、世界遺産なのですよね。)

龍安寺の石庭
(画像は上と同じサイトからお借りしています。)

この石庭は作者も作意も未だ謎なのだそうです。
白砂に大小15個の石を置いていて
石の配置は禅の精神を映しているとも、「心」という字の配置になっているとも言われ
なんだか色んな解釈があるようです。

もしも「心」という字の配置になっているとするなら・・・
「心」は4画で出来ている1文字です。
見えないもう1画が見えたとき、それが「心」の4画にそれぞれ作用を及ぼし
「心」は全く別のものに変化し、新たな「一」文字になる可能性も無きにしも非ず。
石は意志。

なんてことも夢想したりしています。



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梅原猛さんの本に出会ったこと

学生の頃、私は歴史の勉強が苦手だった。
年号は覚えられず、語呂合わせに頼るため、時代の流れや人間関係がいっこうにつかめない。
歴史物の本を読むのは嫌いではないが、教科書は読んでも頭に入ってこなかった。
授業を聞いても耳の外側で音が鳴っている感じ。

それでもテストがあるし、大学受験にも必須だったから
いやいやながらも勉強して、まあ常識程度には日本史、世界史ともになんとか知っていった。

ところが、である。
結婚をし、子育ても一段落した頃、図書館で目に留まった梅原猛さんの『隠された十字架』が
私の歴史に対する先入観を一掃してくれた。
私は夢中になってそれを読み、続けて同著『水底の歌』を読んだ。
(そのあとも続々と漁るように読んだ。)

本の内容を軽く説明すると
『隠された十字架』は聖徳太子、『水底の歌』は柿本人麻呂についての
それまでの常識を覆す、全く新しい見方で真相に迫る本だった。

これが本当だとすると、教科書の書き換えはもちろんのこと、歴史自体が書き換えられるほどの、社会的に大きな変革を起こすことになる。

それぞれの本の内容については、もし興味がおありの方はご自分で当たっていただくとして
梅原さんの本から私が受けたショックについて少し書いておきたい。

学会が認定している常識的な「歴史」といえども、実際にどうだったかは時を遡ることでもしない限り確認できない。しかし、多くの学者の手によって、緻密な検証を経て「おおむね、大枠はこうであろう」とされているのが、一般常識の「歴史」である。

ところが、そこに梅原さんはメスをいれていく。そのメスの切っ先は、梅原さん自身の中から出てくる「何か違う」「何か妙だ」という感覚だったようだ。
マンガや歴史小説などでは、歴史上の人物や事件を題材に(アレンジして)架空の物語を作っていくが、それは、「架空ですよ」という前提がある。
梅原さんの場合、そうではない。自分の「感じ」を検証し始めるのである。
そうして、専門の歴史学者では思いつかない盲点をも抉り出していく。

梅原さんは歴史学者ではなく哲学者である。ニヒリズムを超えて人生を肯定するために「笑い」の哲学を目指したのだそうだ。(寄席に通い、藤山寛美などの芸人を研究対象とした論文も書いた。)

そんな(机上の論を好まない)梅原さんだからこそ、歴史学会では認められない(論外)の論を展開できたのかもしれない。


私が梅原さんの本から学んだ最も大事なことは
「自分の感覚を大事にする」ということだ。
そして、その感覚から生まれてくる「妄想」の虜には決してならないということ
ルサンチマンに陥らないということだった。

妄想に取り付かれてしまっては、検証ができなくなる。
ルサンチマンが妄想の中で暴れ出す。(歴史小説などでこの辺の理解の浅いものは物語に深みがなくなっていく気がする。)

私は、それまで、学校で教わったことを特に疑いもせず(特に強く信じたりもせず)ただ「知ってるよ、それ」という態度で生きてきた。
梅原さんの本を読んだ時、「それではいかんのだ!」と、喝を入れられた気がした。

「もっとお前は、何か感じているだろう?」
「感じているものが、あるだろう?」
そんな声が聞こえてきそうだった。

梅原さんのように、しっかり検証して文章にしろとか、そんなことではなく
自分の中で、ないがしろにしていた「気持ち」に気づけよ・・・ということだった。

「どちらの方がしっくりくる?」
「どちらの方が自分が生きている感じがする?」
こう問われたのだった。

私がそれまで知っていた聖徳太子と、『隠された十字架』の聖徳太子・・・
私がそれまで抱いていた柿本人麻呂像と、『水底の歌』の柿本人麻呂像・・・

まるで別物と言わざるを得ない。
聖徳太子も、人麻呂も、本の中から私に向かって語りかけてくるのだ。
小説でもないのに。
語りかけるといっても、それは「黙って」語りかけるのだ。
相手は、私が生きているということを認めているのだなと思った。
相手って、誰?
それはわからない。
おそらく、私の中にいる何者か・・・だ。

梅原さんの説が絶対正しいと言うつもりはない。
問題は、正しいか間違っているか、あるいは、どちらがより正しいか・・・
ではなく、私が生きていることを思い出させてくれるのは何か?ということだった。

簡単に言えば、ワクワクするものであったり
興味を持てるもの、すごく好きなもの、そんな言い方もできるかもしれない。

梅原さん自身が、自分の中の声に忠実だったのだろう。
抑えることのできない衝動を、ただの衝動で済ませることなく
人をして「梅原日本学」と呼ばしむるまで、昇華させたのには
心から驚嘆し、敬意を抱いている。

最近の著作にはもう触れていないが、あのころ梅原さんから受けたショックは
私の貴重な財産になっている。









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立派

「立派」とは、日本の古典芸能において「新たな流派を立てる」の意であった。

守・破・離・・・

「守」で、師に就き、とことん伝統の型(基本)をまねる(学ぶ)。
「破」では、その基礎の上に独創性を生み出し、うまくいけば(周囲から認められれば)
「離」・・・師の元を離れ、新たな流派を立てる→「立派」となる。

しかし、「守」だけで終わる、あるいは「守」もかじっただけで終わる者だって多い。
「破」に至っては、文字通りただの「破門」にしかならない場合だってある。

「立派」となるには、長い時間をかけて伝統を学ぶ(守)だけではダメで、
ただ独創性がある、というだけでもダメ。
破門になるというリスクを背負って伝統を「破る」、気概というのか
損得を超えた、自分でもどうしようもなく、こうするしかなかった・・・みたいな
流れ(時代の要請も含め)の中で「立派」は生まれるのかもしれない。

真に「立派」な人と呼ばれうる人物は、概してそのような雰囲気を持っている気がする。

ところで、この話は社会一般、世間的な、いわゆる外側の世界の話であって
自分の内側に当てはめてみることは可能だろうか?
と、考えてみた。

なんとなく、ヌーソロジーの「差異」を見つけていく道に似ていなくもない(気がする)。

幅の世界で、自我の型を満喫し(苦も楽も味わいつくし)
自我の殻を内側から破り、離れていく・・・

まずは「守」。徹底的な「守」なくして「破」はあり得ない。
「破」には大きなリスクも伴うが、それは多分
自我が感じる「恐怖」という側面があるからだと思う。
芽出度く「離」し、立派となる道を選ぶのは
案外、自我の目には見えない、もっと深い「意志」なのだろう。
時代の要請が先にあるのではなく、
「意志」が時代の要請と呼応しあう関係性の中で
あなたも私も、生きているのかもしれない。





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