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月夜の海、朔の森

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立派

「立派」とは、日本の古典芸能において「新たな流派を立てる」の意であった。

守・破・離・・・

「守」で、師に就き、とことん伝統の型(基本)をまねる(学ぶ)。
「破」では、その基礎の上に独創性を生み出し、うまくいけば(周囲から認められれば)
「離」・・・師の元を離れ、新たな流派を立てる→「立派」となる。

しかし、「守」だけで終わる、あるいは「守」もかじっただけで終わる者だって多い。
「破」に至っては、文字通りただの「破門」にしかならない場合だってある。

「立派」となるには、長い時間をかけて伝統を学ぶ(守)だけではダメで、
ただ独創性がある、というだけでもダメ。
破門になるというリスクを背負って伝統を「破る」、気概というのか
損得を超えた、自分でもどうしようもなく、こうするしかなかった・・・みたいな
流れ(時代の要請も含め)の中で「立派」は生まれるのかもしれない。

真に「立派」な人と呼ばれうる人物は、概してそのような雰囲気を持っている気がする。

ところで、この話は社会一般、世間的な、いわゆる外側の世界の話であって
自分の内側に当てはめてみることは可能だろうか?
と、考えてみた。

なんとなく、ヌーソロジーの「差異」を見つけていく道に似ていなくもない(気がする)。

幅の世界で、自我の型を満喫し(苦も楽も味わいつくし)
自我の殻を内側から破り、離れていく・・・

まずは「守」。徹底的な「守」なくして「破」はあり得ない。
「破」には大きなリスクも伴うが、それは多分
自我が感じる「恐怖」という側面があるからだと思う。
芽出度く「離」し、立派となる道を選ぶのは
案外、自我の目には見えない、もっと深い「意志」なのだろう。
時代の要請が先にあるのではなく、
「意志」が時代の要請と呼応しあう関係性の中で
あなたも私も、生きているのかもしれない。





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鹿の夢から

田舎生まれ、田舎育ちのくせして、私は「野生」というものに触れる機会がなく
大人になった。
「中途半端に田舎」の町は、今の日本のほとんどを占めているかもしれない。
いくつかの都会を除くと、どこもここも似たり寄ったりの風景が続く国道や県道沿いの町。
私が生まれ育ったのも、今住んでいるのも、そんなありふれた日本の田舎町だ。

都会よりはマシというだけで、自然からは程遠い「人間の居住区」に成り果てた田舎町に
ときおり、野生が顔を出したりすることがある。

もっと若い頃、私は(田舎者ゆえの)都会への憧れと同時に、
(自然を知らないゆえの)自然(野生)への憧れを持っていた。
というのも、私の父方の家系は、どうやら「森の民」であったらしいということと
二十歳過ぎのころに、一時期、山間僻地に住まいしたことがあり、そのときに見た
山の若者たちのしなやかな身体に、言い得ぬ「美しさ」を感じたからである。

私の祖父や叔父たちは、軽々と山に登り、そこの生態をよく知っていて
私が何も知らないことがかえって不自然であるかのような気持ちにさせた。
登山とは明らかに違う、生活と密着した山への入り方だった。
野草のことも、木々のことも、けもののことも、当たり前のように知っていて
それは、もしも私が知ろうとしても、知識の詰め込みでは追いつかない
何か、とてつもなく深くて広大な時間の蓄積みたいなものが感じられた。
言ってみれば、先祖代々というのか、その土地とともに生きてきた長い歴史が
彼らの身体の中に受け継がれて生きている・・・といった感じだ。

私の父は、その辺のところはまるで失われていて(笑)、続く私も山のことは全くわからない。

そんな私だが、若い頃ほんの一時期、山間僻地と呼ばれるところに住まいしたことがある。
そこの子どもたちは、私の子ども時代とは何かが決定的に違っていた。
テレビも電話も、自動車も、その他家電製品も普通にあるから、一見すると
私の子ども時代の方が、よほど近代化されていなかったはずなのに、
自然との距離というのか、野生との距離が近い。
いや、近いとか遠いとかいう言い方は、この場合そぐわない。
その場所に行けば誰でも自然に触れられるというものではないという意味で。

現に、私はそこに住みながら、山々に囲まれていながら、人間の暮らし(私の生活)の中に、自然は一歩も入ってきてはくれなかった。

何度か、枝打ちと下草刈りのときに、山に入らせてもらったことがある。
林道は、もちろん私でも歩けるが、道のないところからは、私には普通には歩けない。
木に抱きつき、斜面を這い、ふうふう言いながら(実際は声も出ない)登る。
村の子ども達は、そんな私を見て笑いながらさっさと飛ぶように登っていく。
実際、木の根っこから根っこに跳躍しながら登るのだ。
そうして、毒蛇を見つけると、我勝ちに駆け寄り、捕まえる。
高く売れるのだそうだが、私などは、まず逃げるのにも手間取りそうだ。
そんなものだから、私は枝打ちも下草刈りも、たいした戦力にはなれず、むしろ
足手まといにしかならなかった気がする。

人の手が適度に入った森は美しいと、聞く。
開発ではなく、「森と共に生きる人」の手でなければいけないことは、言うまでもない。
過ぎているのか、足りないのかは、森自身の判断で
その判断を聞く耳を、人間が持っているうちは大丈夫なのだろう。

私に、そんな耳がないことは、若い頃にいやというほどわからせられた。
だから、今も自然や野生は憧れのままだ。
都会には、数年住んでみて、嫌気がさした。もう憧れの気持ちはない。
田舎に住みながら、海や山や川をすぐ目の前に見ながら
自然との隔たりをこれでもかというほどに感じる。
しかし、この立ち位置が、私を私であらしめていることも事実だ。

昨夜、鹿の夢を見て、そんなことを思った。


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暮らしに熟練、得手に帆を揚ぐ

小学校の頃、『油売りの翁』の話を読んで
なんだかわからないけど面白~いと思ったのを覚えています。

弓の上手な男(陳康粛)が、庭で弓の稽古をしているとき
一人の油売り(老人)がやってきて、その稽古をじっと見ている。
男の放つ矢が、十本に8、9本的に当たるのを見て、ちょっとうなずくだけ。
男は老人に向かって言った。
「お前も弓をやるのか?俺の腕前はなかなかのものだろう。」
しかし、老人の答は、ただ熟練しているだけだという。
男がむっとして
「なぜお前は、俺の腕前を軽んずるのか。」
と問うと
「私の油を酌む腕と比較してみればわかります。」
と言って、老人は、自分の持っていた瓢箪の口の上に銅銭を置き
柄杓で油を酌んで、瓢箪の口に注いだのだが
油は銅銭を少しもぬらすことはなかった。
「私もあなたと同じように、ただ単に熟練しているだけです。」
と老人は言った。
男は、笑って老人を立ち去らせた。

ざっとこんな話だったのですが、
かっこいいなあ~と、子ども心に思ったものです。
ええ、もちろん、この翁(老人)が。

それに、得意ということについても、少し考えが変わりました。
得意っていうのは「熟練している」ってことなんだと。
特別練習しなくても、得意なことは上手にできる・・・
みたいなイメージがあったんですけど、
それって、「ある程度は」という限定つきなんですね。
やっぱり、熟練して初めて「得意」って言えるのかもって思いました。
そうして、ある域に達したら、必然的に「自慢」はしなくなるよなあって。

だから、この油売りの翁は、自慢でとどまっている弓上手の男に
勘違いを悟らせることができたのでしょうね。
男は、もしかしたらこの後に、もっと熟練して、十中八、九ではなく
百発百中の弓の名人になったかもしれません。
翁は、男にその可能性を開いたと言えるかも。

『得手に帆を揚ぐ』という諺がありますが
追い風に乗るという意味だけではなく
熟練した、自分の「得意」を、
ここぞという時におおいに使うっていうのもアリですね。

熟練は、なにも、世間的に価値のあるものでなくていいと思います。
むしろ、人目には無価値に見えるようなことの方がいいような気もします。
毎日毎日、飽きずにやれる「好きなもの」でもいいけれど
毎日毎日、飽きもせず(好き嫌いなんて言わずに)過ごしている「暮らしそのもの」を
「熟練」させるという意図で、「得意」に変えてみることも可能。
   私、暮らしに熟練しています   
なあんて言えたら、カッコいいな
そして、もちろん、ここで何も自慢しないのが、本当の熟練のコツかもしれないですね。



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