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月夜の海、朔の森

荒野の恐竜

私の夢で、わりあいよく出てくる場所に「荒野」がある。
植物は一切生えない。乾ききった岩だらけの不毛地帯。
砂漠とは違う。

そこで人に出会うこともあれば、誰かと一緒にそこに出向くこともある。
今朝早くに見た夢では、恐竜が現れた。

イメージとしては、その恐竜は生命的ではない。
熱帯雨林に住む大蛇とか大型爬虫類のようなものは、あくまで生命的である。
それらに比べると、私の夢の荒野に住む恐竜は、まるで生命を感じない。
かと言って、機械的な感じでもない。
うまく言えないが、水を感じない生き物なのだ。
その肉体の中に水分が欠如していて、おそらく死を迎えるときには
砕かれた瓦礫のように、土煙をあげながら崩れていくのだろうと思う。
そう、生命の循環の外に彼らは存在している。
腐敗とか、醗酵とか、微生物の働きを必要としない
単体で独立して存在しているから、循環する生命の環に入れないのだ。

どこかしらバンパイア(吸血鬼)に似ていないでもない。
生きている間は生きているが、死んだら消滅するのだ。
肉体も魂も。

そんな恐竜が住む荒野を、私は自分の内に持っている。





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発疹

おでこの、髪の生え際に
1cmぐらいの間隔で
ニキビのような紅い発疹が並んでいた。

まちがいなく私の顔だ。

痛くも痒くもない。
芯もないし、膿をもっている様子もない。

この並びの形、何かに似ているな・・・と思うが
「何か」が、思い出せない。

外からくっつけたのではなくて
内側から皮膚を突き破って、外に出てきているのがよくわかる。

私の「何か」なのだ。
それは、すでに外にもある「何か」に似ているものなのだ。
内側から外に出ようとする「何か」は
すでに、外にあるものと、似ている
ということなのだ。




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家居

兼好法師が『徒然草』(第十段)に、こう書いている。

   家居のつきづきしく あらまほしきこそ
   仮の宿りとは思へど 興あるものなれ   
   
  (住まいというものは、そこに住む人に似つかわしく理想的なのは
   この世が仮の住まいとわかってはいても、面白みのあるものだ)
   よき人の のどやかに住みなしたる所は 
   さし入りたる月の色も ひときは しみじみと見ゆるぞかし

高価な調度品を揃えたり、庭を見事に整えたり・・・
というのも、そこに住む人の好みが現れているに違いないが
兼好法師としては、そういうのはどうも嫌いらしい。
「差しいる月影もひときわしみじみ見える」ような
住まいが好みなのだろう。(私もそうだ)

部屋の空気は、間取り、置いてある物、その配置によっても変わる。

私が昨夜見た夢の「引っ越した先の家」は、我ながらがっかりくるような
大きくて古くて立派そうな、西洋風の「館」だった。
中の家具等は立派だが、長いこと使われていなかったのか
前の住人がいい加減だったのか、修理や掃除に追われそうな感じだった。
さっそくトイレ掃除(それもまた、トイレの数の多いこと!)から始めなければ
と思ったところで目が覚めた。

私としては、簡素な日本家屋が良かったのだけれどな。
不要な物であふれている大きな家なんて、面倒なだけなのに・・・

でも、これが私なのかもしれないと思うと、やはりガッカリ。
家居は、住む人に似つかわしいものなのだからね。
これを改造というか、スッキリと「月の光もひときわしみじみ見える」ところまで
手を加えていこうと思う。


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