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月夜の海、朔の森

内なる動物たち

「ありがとう」
「ごめんなさい」
「許してください」
「愛しています」
これら 四つの言葉は、ホ・オポノポノの基本のクリーニングツール

内なる子ども、ウニヒピリにかける言葉
決して、現実世界の特定の 誰かに向ける 言葉ではない

それは、解説本に 何度も何度も 繰り返し書かれているから、知っていた
だけど
どれだけ鮮明にウニヒピリをイメージできたとしても
そこに、(日頃のクセで)「対象」が入り込むと
内在なのに 外在として扱う意識が 働き始める


こんなことを 言う人もいる
「ごめんなさい」や「許してください」という言葉は
無意識に罪悪感を刷り込んでしまうんじゃないか?
と・・・

しかし、そんな心配をしてしまう人は、多分
自分のウニヒピリを知らないのだ

ウニヒピリは 内なる子どもと呼ばれるが
それは言い換えれば、内なる動物霊、動物意識のことでもあるだろう

わたしたち人間は、すべからく 動物意識を持って生きている
人間が人になってゆく道筋で 濃密な関係を持つ 動物たち


私は、彼らと ともに生きてきたのだ
彼らは、ずっと私とともに いたのだ


不吉なものに感じて 払いのけたり
嫌悪の対象として 忌み嫌ったり
面倒なヤツだと 遠ざけたり
都合のいいものとだけ 仲良くしようとしたり
なんという無知、なんという傲慢

そこに気づいたとき
私は、深く深く 彼らに頭を下げずには いられなかった
「ごめんなさい」という気持ちは、こういうこと
「許してください」という気持ちは、こういうこと

強制されて言う言葉でないのは もちろんのこと
たとえ自発的だったとしても、
「謝らないといけない」という社会的、道徳的な一面が隠れているうちは
言葉は、自分の内部に響かないのだ と 思う


動物たちとの和解の旅を 始めようと 思った
それは、過去に向けて・・・とも言えるし
同時に、未来に向けて・・・とも言える

過去の書き直しや上書きなどではない、過去の創造が
即ち 未来を創造する 地点
それこそが、「今」




先日(5月1日と2日)に、アニマンダラの天海さんのセッションを受けました。
素晴らしいセッションでした。
濃密で、面白く、楽しく、あっという間に時間が過ぎ去り
終わってからの解放感はすさまじいものでした。
解放感と言っても、スッキリとかスカッとした感じではなくて
底が抜けたというか、天井が開いたというか、枠が外れたみたいな
もやもやが一気に噴き出す感じです。
出てきたモヤモヤは、しばらくモヤモヤのまま漂っていたのですが
少しずつ少しずつ形を取り始めています。
(これは、まだまだ長い時間をかけて気づきを得ていくことになるのだろうなあ
という予感はあります。)


そんな中の一つを、今日は書いてみました。

天海さん、高千穂創研のyukiさん
お世話になりました。
ボキャブラリーが貧困ですが、ホントッ!すごかったです!
ありがとうございました。


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