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月夜の海、朔の森

直接体験過去「き」

文語文法では、過去の助動詞は二種類ある。
一つは、よく知られた「けり」で、もう一つは「き」である。
(ややこしくなるので、活用形については省き、終止形のみの記述とする。)
ただし、「けり」については、過去の意味の他に「詠嘆」の意味もある。
俳句でおなじみの「~けり」だ。

この「けり」は、たいてい(学校などで教わるとき)『間接体験』の過去と言われ、
『直接体験』の過去「き」とは、はっきりと区別される。
つまり、自分自身(あるいは登場人物自身)が直接体験したことには「き」を用い
間接的(一般的)にそう言われていることを述べるときには「けり」を用いるというわけだ。
この説明は明快で、よくわかる。
・・・わかるのだが、ちょっと待ってと言いたくなる部分もある。

現代の日本人である私たちは、『直接の過去』も『間接の過去』も特に区別はしない。
(多分、英語にもその区別はないんじゃないか)
なぜ古い日本語では、過去を述べるとき、直接と間接の区別をしたのだろうか?
そして、なぜ、「けり」の方は「過去」と「詠嘆」の意味の両方を併せ持つことができたのだろうか?

このことについて考えるまえに、もう一つ触れておきたいことがある。
それは・・・、古事記ほど古い文献になると、「けり」の使用頻度は格段に下がり、過去の助動詞のほとんどは「き」が用いられているということである。

もしかしたら、こういうことが言えるのではないだろうか。
古い古い時代、私たち日本人にとって、過去とは直接体験するものであったということ。
つまり、一般化された時間軸(客観的時間)は存在しなかったのではないかということ。
単なる推測に過ぎないが、さほど的外れでもないような気がしている。

「けり」の方は、「き」と「り(完了の助動詞)」が合わさって出来たものかもしれない。
「き」という音は「気」でもあり、「気」は「け」と読むこともしばしばある。

「き」は、主観的体験を示す「気」であり、記憶であり、「木」でもある。
古い日本人は、「木」を、客観的物質とは見ていなかったのではないか。
聳え立つ木の中に、年輪を観ることができたのではないか。
年輪は、木の記憶である。
木々が鬱蒼と生い茂る森の中に佇むと、なんとも言えず「気」の透く思いがするものだが
そのとき人は、自分を客観的な枠組みでかたどることを停止し、
極めて主観的な眼差しを持つのかもしれない。

客観的世界に戻ってきたとき、人は社会人として、共通の了解のもと、同じ時間と空間を共有するために、己の主観的時間(空間も)を下に沈めてしまうのだ。
そういうことは、すでに平安時代には一般化して、「けり」と「き」の使い分けが生じていた。
そして現代では、使い分けはおろか、その両方ともが消え去り、己の直接体験という記憶は、客観的時空という尺度の中で「過去」の名を被せられている。
今ある自分の中に、直接体験の過去「き」が持続として息づいている。それは、過ぎ去った「過去」ではなく、今なお私たちを支え、私たちとともにある「き」なのだと思う。

そんな「き」から派生した「けり」は、間接体験の場合に用いられてはきたが、「詠嘆」の意味で今も(細々とかもしれないが)生き残っている。

説明が足りず、かなり荒っぽい文章になってしまったが、とりあえず、今のところの
覚書とする。




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