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月夜の海、朔の森

数は
高い空のかなたから 舞い降りてきた 天使
木の葉のかげに そっと隠れたり
花びらの上に ちょこんと座ったり
蝶の羽に乗っかって ひらひら揺れたりしながら
わたしたちを 見守り続ける
・・・天使たち
この世界が 示唆に満ちているのは
そのためだ
数は
優劣を競うためにあるんじゃない
数を 貶めるのは もう よそう
数は 天使
神の・・・
ピュアな 使い
                         (2013/11/29)




2013年11月29日
秋もそろそろ終盤を迎えようとする頃
私は、テストの採点に追われていた。

毎度の事ながら、採点には苦痛がつきもので
目の疲れ、右手の痛み、肩の凝りに加え
平均点や最高点、最低点などに
私の心はぐったりと沈みこんでいた。

点数をつけるという作業は、なかなかにしんどいものだ。
特に国語の場合、採点基準というものがかなり厳しく設定される。
「なぜそれが正解なのか(あるいは正解ではないのか)」
という理由が、明確に説明されなければならないから
どのクラスでも一様に、統一した基準で採点することになる。
もちろん、そうでなければいけないだろうし、それで一向に構わないのだが
まあ、いろいろと、まあ・・・
難しい場合もあるわけで・・・

クラスの平均点を競うようなところも無きにしも非ずで・・・

そんなこんなが影響して、テスト期間中は
だいたいブルーな気分のことが多かった。
(今はそんなことはない。当時勤務していた学校が進学校だったということも、ある程度関係している。)

そんなある日、朝の出勤の車の中で
あちこちに数字のマジックというのか、
数量的な数字ではなく、有機的な「数」の世界が見えたのだった。

わあっ!
と、私は小さく声をあげ、心のノートに書きとめていき
学校に着いて、さっそく紙きれにそれを書き記したのだった。

それが、上の詩の原型になった。

このブログにアップしたのは2015年9月15日で
今回は再掲になる。




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種子

植物は 種子を落とす

種子は 土に着床し 地中ではぐくまれ
地上に 芽を出す

地球は おおいなるたった一つの 卵子なのかもしれない
たくさんの種子をはぐくむ 子宮としての 地中
植物にとっては・・・


動物の、表面的な性のありかたを 基準に
植物の性の営みを 見ることはできない

雌しべと雄しべは あたかも 動物の雌雄のようではあるが
種子が着床するのは あくまで 土なのだ

雄しべと雌しべは 人間にたとえれば
男性性と女性性のようなもの
肉体的な性別にかかわらず、だれもが内に秘めている両性が
具現化した姿

一人の人間の中で 雄しべと雌しべの交配がなされ
ふくらみ熟れる果実となり やがて種子を落とすとき
それは 見えない地球に蒔かれるのだ
そして、見えない地球という 子宮に抱かれ
次世代へと受け継がれ 新たな芽を出し 
全く別のものへと 生まれ変わる




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言葉の海に溺れ、意味の森で迷子になる

「健康食品」
という 文字を じっくり見つめる

「ケンコーショクヒン」
と、音に出して 言ってみる

「健康食品」と銘打たれた 商品の数々が 脳裏に浮かぶ
その、どれもが
実に「健康食品」の名にふさわしい 形(なり)をしていて
名は体を現す・・・とは、まさに このことかと
膝を打ちたくなった

「健康」「食品」という言葉の 意味に惑わされ
二つを並べて 組み合わせてはみたものの
そこには、「健康」でもなければ「食品」とも言い難い シロモノが
ウジャウジャと 生産されてしまったようだ

「健康食品」という 文字と音の中に
どれだけの人が 「健やかさ」や「食べる」をイメージできるだろうか
「健康」という言葉を使えば使うほど、「健やかさ」から遠ざかり
「食品」という名の「食べ物」が出回れば出回るほど、「食べる」という行為が疎かになる

モノがあふれ、情報があふれる世の中だが
わたしたちは
言葉の海で 溺れているのだ 本当は

一方、わたしたちの心は
意味の森で 迷子になっている
言葉に意味が はり付いて、容易に剥がれず 区別もつかない
言葉は 意味を持つものとして、わたしたちを振り回すのだ

わたしたちは 
好むと好まざるとに 関わらず
言葉の空間で 生きている

ならば せめて
自覚的に なろうではないか
モノに張り付いている 言葉
行為に張り付いている 言葉
感情に張り付いている 言葉
そして、それらの言葉に はりついている 意味を
注意深く はがしながら
言葉を使う主体は 自分であると 自覚することにしよう

そうすれば、森から迷子を 救い出せるかもしれない
いや、むしろ
その森が、憩いの森へと 変わる気さえ する



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