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月夜の海、朔の森

こころ

「心を 何に たとえよう」
映画『ゲド戦記』の中で、テルーは 唄った

「こころをばなににたとへん」
萩原朔太郎の詩「こころ」が 形を変えて 
テルーの歌声に なったのかもしれない

誰もが 持っている「こころ」と
誰もが 知っている「こころという言葉」の間には
空高く飛ぶ 黒い鳥と
地上に落ちた 黒い影ほどの差が ある
鳥の動きに合わせて 影も羽ばたき 旋回もするが
影に意志は ない

「こころという言葉」が あまりに頻繁に使われると
「こころ」が もうそこには とどまっていないのに
影だけをそこに ピンで貼り付けようとするようなもので・・・
「こころという言葉」が まるで手垢がついた言葉のように
感じられてしまうものだ

しかし、しかし、だ
影が
「こころ」に ぴったり寄り添って
「こころ」と共に動くなら
それぞれの内側から 「こころ」に触れることができる

手垢は、「こころ」にはつかないし
「こころという言葉」にも つきはしない
「言葉」は「こころ」とともに しなやかに舞い踊るのだから

「言葉」についた手垢とは
岩場にはりついた「影の跡形」
そこにとどまり、動きを失った「影の模写」
それは もう「影」でさえない

本当の「言葉」は いつでも 「こころ」に寄り添っている



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