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月夜の海、朔の森

合わせ鏡

子どもの頃
合わせ鏡を 覗いてはいけない
というのが もっぱら 子どもの中での常識だった

「心が 鏡の中に 取り込まれて 戻ってこれなくなるらしい」
「気が狂うらしい」
などと、まことしやかに 囁かれたが
本当の理由は 誰も知らない

ただ、合わせ鏡は なんだかヤバイ気がする・・・
と、子どもたちは 直感的に気づいていたのだ

昨今
この世は幻想である
と、あちらでもこちらでも よく目にするし 耳にする
そして、
他人は 自分の鏡であるということも

そうだったのだ

合わせ鏡とは
相手が鏡であり、自分もまた相手の鏡であるという
二枚の 鏡同士の 人間関係のことだったのだ
そこには、本当の自分の視線は 底に沈み
合わせ鏡の 果てなき回廊が 幻想の世界を作っている

幻想であることに気づかず、いつまでも自分の視線を浮上させないでいると
確かに、心はそこに囚われて 戻る道を見失う
極めて正気と思われている 世間の常識とやらの多くが 
実は 狂気の沙汰であることに 気づくことさえできないくらいに

合わせ鏡は 鏡の縁だけを 永遠に映し続ける
中身の像は 何もない
「無」なのだ

本当の自分とか、本当のあなたとか言ったところで
そんなものは 鏡に映せる代物ではなかったのだ

見られる「私」から 見る「私」へ
映る「私」から 行為する「私」へ
感じる「私」と それに反応する「私」を差異化し
反応としての思考から 意志ある思考へと 立ち上がろう

合わせ鏡の世界から 抜け出す最初の一歩は
そこにしかない気がする





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