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月夜の海、朔の森

炎と水の裏側に

炎は 熱が 火と空気とに 分かれたあとの現象
つまり、まず「熱」があったということになる
その、最初の「熱」・・・ぬくもりが「日」であり「火」であり
「ひとつ」と数えるときの 「ひ」なのだろう

だから
炎が見えるとき その裏側には「最初の熱」が 隠れている
さらに その向こうには はじまりの意志が ひそんでいる

水が 炎を 打ち消すからといって
そこに 敵対心を見てはいけない
勝ち負けの関係など、何の意味もないことだ

炎の裏に はじまりの意志が ひそんでいる様に
水の裏にも 大切な決心が ひそんでいる

流れる水は ひややかで すがすがしい
それは すべてを捨てる決心の現われとも とれる
「あきらめ」というより 積極的な「断念」のことだ

ぬくもり 熱を ふり払い
みずから 裸になって 再度始めようとする 強い意志の現れ
ただ・・・
そんな水の奥底に 言いえぬ「愁い」を感じるのは
ふり払ったぬくもりへの 「憧れ」ゆえに・・・だ

水は 身もだえするほど 火を 懐かしむのだ
だから、じっと その場にとどまることなど できなくて
ひとときも 休まず 流れ続けるのだ

炎を見たとき あるいは 水を見たとき
その現象の裏側から 私に向かってくる 二つの意志があり
それが 私の奥深くで 目覚めかけている小さな心を 疼かせるのだ



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