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月夜の海、朔の森

空腹、満足

健康的な空腹なら 大歓迎
だけど
食べても食べても 足りなくて
空腹なんだか どうなんだか
自分でもわからないような
ただ、食べたい 貪りたい気持ちに囚われるとき
人は 確かに 自分を見失っているのだと 思う

ところで
最近の私は
食べても食べても すぐに空腹を感じ
いったい 食べたものは どこへ行ったのか?
と、いぶかしむほど 胃も腸も 膨らまない
体重も増えている気配はなく
もしかして 回虫のしわざ?
なんて、マサカね

低血糖のときの 典型的な症状だと思うのだけど
ふと、父のことを思い出した
低血糖症だった父は 
普段は、何も食べたいものなんかないと
栄養さえ摂れればいいのだと、よく言っていたものだが
死期が近づいたころ、しきりに
「なんでも喰いたい」と口にするようになった

そんな父のことを思い出した矢先
電話が鳴った
父の散骨を請け負ってくれた方からだった
昨年12月、冬の始まりに他界した父は
墓に入ることを望まず、骨は海に撒いてくれと遺言していた
(過去記事『小さなお葬式』参照)
冬の間は、天候不順のため船を出せないということで
春になるのを待っていたのだった

「4月下旬から5月にかけてのあたりで、船をご用意できます」とのことだった

何かを好きになることを 自分に禁じていた父だったが
本当は、酒だって煙草だって 好きだったのだと思う
(体に悪いからと言って やめた)
ラーメンだって、饅頭だって、食べたかったのだと思う
(体に悪いからと言って 食べたがらなかった)
孫たちのことも かわいくて仕方ないほどだったと思う
(格好悪いとでも思っていたのか、叱りはしてもかわいがれなかった)

生きてるうちに 好きになればよかったねえ
生きてるうちに 食べればよかったねえ
生きてるうちに 愛せばよかったねえ

意地なんか 通しても、辛くて つまんないだけだったよねえ

まあ、それも 自分が選んだこと
父にとっては、なにか大きな満足が あったに違いない
その満足を持って 春の海に 還ってゆくのも 
なかなかに いいものかもしれない




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