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月夜の海、朔の森

見えない「土」に還る

早朝、洗濯物を干そうと 庭に出た 私は
一羽の メジロを 足もとで見つけた

すでに動かなくなっていた 小鳥のムクロを
両手でそっと拾い上げ、手の中に包み、目を閉じた

どのような経緯で、この小鳥は、私の庭で息を引き取ることになったのだろう

軽い、軽い小鳥のムクロ
ぬくもりも、重さも消えた 小鳥のカラダ

私は、庭の一角に スコップで穴を掘り
そこに 小鳥を埋めて 土をかぶせた

そのとき、私は 「墓」の意味を 知った気がした
ああ、この小鳥は、今、「種」となったのだ
遺体を土に埋めるという行為は、「種」を植えることと同じなのだと

死んだら 肉体は 土に還るという
それなら、魂も 見えない土に 還るのではないか

肉体が 微生物に分解され、やがて土へと還元されるように
魂もまた 見えない微生物に分解され
見えない土へと 還元されるに違いない
そして、時期が来れば 必ず芽を出し、新たな命へとつないでいく

「肉体だけを乗り換える」イメージの輪廻転生は
どこか 自我の執着の匂いがする
根源の記憶を持ち続ける魂(霊)との接続は
還元されきった肉体と 還元されきった魂が
一粒の、小さな小さな光の素の、その表と裏の関係を持って 一つになったとき
成就するのではないか・・・
そんな気がした

前世記憶というものを 否定はしない
私自身、それらしきものを持っている
しかし、根源的記憶と前世記憶は、どうにも 直接結びつくには無理がある
なぜなら、前世というものがあったとしても
それは、どうあがいても、この時空の物語でしかないからだ
根源的記憶というものは、時空の外に、常に「在る」ものだから

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