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月夜の海、朔の森

言葉の海に溺れ、意味の森で迷子になる

「健康食品」
という 文字を じっくり見つめる

「ケンコーショクヒン」
と、音に出して 言ってみる

「健康食品」と銘打たれた 商品の数々が 脳裏に浮かぶ
その、どれもが
実に「健康食品」の名にふさわしい 形(なり)をしていて
名は体を現す・・・とは、まさに このことかと
膝を打ちたくなった

「健康」「食品」という言葉の 意味に惑わされ
二つを並べて 組み合わせてはみたものの
そこには、「健康」でもなければ「食品」とも言い難い シロモノが
ウジャウジャと 生産されてしまったようだ

「健康食品」という 文字と音の中に
どれだけの人が 「健やかさ」や「食べる」をイメージできるだろうか
「健康」という言葉を使えば使うほど、「健やかさ」から遠ざかり
「食品」という名の「食べ物」が出回れば出回るほど、「食べる」という行為が疎かになる

モノがあふれ、情報があふれる世の中だが
わたしたちは
言葉の海で 溺れているのだ 本当は

一方、わたしたちの心は
意味の森で 迷子になっている
言葉に意味が はり付いて、容易に剥がれず 区別もつかない
言葉は 意味を持つものとして、わたしたちを振り回すのだ

わたしたちは 
好むと好まざるとに 関わらず
言葉の空間で 生きている

ならば せめて
自覚的に なろうではないか
モノに張り付いている 言葉
行為に張り付いている 言葉
感情に張り付いている 言葉
そして、それらの言葉に はりついている 意味を
注意深く はがしながら
言葉を使う主体は 自分であると 自覚することにしよう

そうすれば、森から迷子を 救い出せるかもしれない
いや、むしろ
その森が、憩いの森へと 変わる気さえ する



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